26.8×19.2㎝
全84丁
【題箋】無し。
【内題】
太平記巻第七目録 1丁表
起・正慶二(1333)年正月盡同年三月
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因みに「正慶」は「北朝」の年号。「北朝」では「元弘三年」
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吉野城軍事
千劔破城軍事
新田義貞賜綸旨事
赤松蜂起事
河野謀叛事
先帝船上臨幸事
船上合戦事
太平記巻第七 2丁表
○吉野城軍事 2丁表
○吉野城軍事 8丁表
●鈔云 ○菜摘川 夏箕トモ書クナリ菜摘トハ不審也吉野ニアル名所ナリ○川淀 河ノヨトミタル所ヲ云ナリ新古今ニ湯原王
吉野ナルナツミノ川ノ河ヨトニ鴨ソナクナル山カケニシテ
~後略~
○千劔破城軍事 21丁表
○千劔破城軍事 28丁表
○新田義貞賜綸旨事 53丁表
○新田義貞賜綸旨事 56丁表
〈61丁 無し〉
○赤松蜂起事 612丁表【丁付けには「六一二」と記されている。】
○赤松蜂起事 63丁表
○河野謀叛事 67丁表
○河野謀叛事 68丁表
○先帝船上臨幸事 70丁表
○先帝船上臨幸事 77丁表
○船上合戦事 81丁表
○船上合戦事 83丁表~84丁裏
【刊期等】不明。印影が同じとみられる国立公文書館蔵本「巻四十 末尾」によれば
【画像10参照】
萬治貮(1659)己卯年仲夏吉辰板行之
とある。
【因みに】『太平記大全』に至った経緯。
まず「吉野城軍事」が二つあることに不審を抱いた。早稲田大学図書館蔵本を参照したら、二つ目が無く、「千劔破城軍事」に続いていた。
あるとき、丁付けに気がついた。そこには「太平記大全」とあった。
早稲田大学図書館蔵本でも「太平記大全」でヒットしたが「忠義太平記大全」という全くの別物だった。
もう一つ国立公文書館蔵本【画像9参照】にもヒットしたので画像を見た。2丁から8丁までは出品本とは全く似ておらず、おまけに7丁裏には絵図が描かれていた。【画像10参照】
ところが8丁表は出店本と全く同じだった。以下調べてみると、全く同じ物だった。つまり、初めの「○吉野城軍事」の部分が「彫り直されて」いたと言うことが判った。
つまり二つ目の「○吉野城軍事」は、「太平記」本文の解説をしている部分であることに気づいた。それは、文中に「●鈔云」「●評云」などとある文言からも確認できた。
※かなり状態は悪い。
※全体的に、経年によるくすみ、汚れあり。
※経年による紙の劣化、変色、斑点状の染み、多数あり。
※梱包材の再利用に努めています。ご理解下さい。
※なお、落札頂いた商品は、郵送を基本としておりますので、土・日、休日・祝日の発送は致しておりません。あらかじめご承知おき下さい。