補章「これを聴きもらすのはもったいない!」より
マーラー 交響曲第1番「巨人」、第2番「復活」(ライプツィヒ放送響)
「巨人」は1978年のライヴ録音である。ケーゲルはのちにスタジオ録音の「巨人」も制作したが、このライヴのほうがはるかに上出来だ。
「巨人」は、ほとんどの場合、若々しく颯爽と演奏される。が、ケーゲルの演奏はまるで違う。響は透明で、澄んでいて、旋律の歌い方はベタベタしないで清潔で、何か物悲しくなるほど美しい。これほどまでに「巨人」を気品をもって演奏した例は皆無だと思う。
第1楽章の開始部は、霧のような音楽である。普通は、その序奏部が終わると、太陽が昇って朝が来たとばかり、快活な音楽に移るのだが、ケーゲルだと、音楽はまるで明るくならない。なるほど薄日は差すが、所詮薄日。何かの拍子にたちまち陰ってしまう冬の太陽のようだ。この音楽は、まだ若いマーラーの不安と希望が写り込んだ作品である。普通は、青春の嵐とばかり、エネルギッシュな面が強調されるが、ケーゲルが指揮すると、不安感が強い。
第2楽章の中間部は、まるで懐古しているかのような寂しい風情だ。第3楽章の中間部も、不思議な静けさを持っている。
フィナーレのゆっくりした部分、特に10分過ぎあたりは、もはや神秘的というか、異界に足を踏み入れたというか、常ならぬ雰囲気だ。続く11分30秒あたりからは、特に忘れがたい。とても美しい。そしてとても悲しい。だからいっそう美しい。よけいに悲しい。聴いていて自然に頭が垂れてくるような音楽である。
総じて、すべてがあまりに明瞭なのに現実感がないというような、何か夢を見ているような気配がするのがユニークである。
マイク位置の関係か。ケーゲルが音楽と一緒に歌っているのがよく聞こえるのも、感興を高める。
「復活」は1975年に演奏されたもの。おもしろいことに、演奏の傾向は「巨人」と大きく異なる。第1楽章は最初のうちこそくっきりとした明快な演奏が行われているが、徐々に興奮してくるのだ。テンポの緩急のコントラストが極度に強まり、10分過ぎあたりからはグロテスクな趣が濃くなる。こういったところが、ライヴならではのおもしろさで、オーケストラの響きが俄然ドラマティックになってくるのだ。13分あたりからはバーンスタインも真っ青の熱血漢ぶりで、超快速テンポの異常世界に突入する。
その後の楽章も油断ならない。荒々しさと濃厚な情感が隣り合わせになり、一発勝負的な思い切った表現があちらこちらに見受けられる。
当然、フィナーレもきわめて劇的に開始され、最後の合唱を伴った圧倒的な高揚へと至るのである。もっとも感動的な「復活」演奏のひとつと言えよう。