1920年代からの活躍のあと1930年代に入ってルイは彼自身が持つタレント性によって様々なエンターテイナーとしての仕事を成し遂げていった。その中
で彼のビッグバンドはいわゆるポピュラー・ソングをレパートリーに加えて大衆的な成功を収めつつあった。いわく「君微笑めば」「ダイナ」「セント・
ジェームス病院」「ハイソサエティ」などがそれにあたる。これらのナンバーは後に再演されたり映画のタイトルにもなったものもあったりと、ルイを語
るうえで忘れることの出来ない曲ばかりであった。メジャーRCAの制作方針に従いつつもそれを超えた成功を収めた点に戦前のサチッモの偉大さがある
。その後、レナード・フェザーによってコンボ演奏の機会が作られ、ソロイストとしてのサッチモの演奏を再び盛り上げようという動きの中で、アーネ
スト・アンダーソンによって企画されたのがこの「ルイ・アームストロング・オールスターズ」によるジャズ・コンサートである。こうして初めて実現し
たのが1947年5月17日のニューヨークの“タウン・ホール・コンサート”であり、現在未発表演奏も含めて全てが編集され『タウンホール・コンサート(完
全版)』として聴く事が出来る。この成功によって渋っていたマネージャーも納得し、ルイはレギュラー・コンボを結成する準備に入った。なんとそのた
めに健康診断までしたというから彼の意気込みも周りの期待も判るだろう。そして、映画『ヒット・パレード』に出演のためハリウッドに乗り込み、その
まま“ビリー・バーグス”というクラブでコンボ・デビューを飾る。その後、ルイはレギュラー・コンボで活動を続け11月16日に再び“タウン・ホール”でコ
ンサートを行った後、11月30日に今度はボストンの“シンフォニー・ホール”で行われたのが本盤に収録された演奏である。参加したメンバーは若いアーヴ
ェル・ショウを除きいずれも30年代から活躍を続けた当時のスイング~ディキシー系の一流ミュージシャンばかりだった。 ジャック・ティーガーデ
ン(tb,vo,1905年生まれ)バーニー・ビガード(cl,1906年生まれ)ディック・キャリー(p,1916年生まれ)アーヴェル・ショウ(b,1923年生まれ)シドニー
・カトレット(ds,1910年生まれ)、これにゲストでヴェルマ・ミドルトン(vo)が加わったのが本作の参加ミュージシャンである。