1. 【基本情報|Release Information】
これは、音響が可視化される以前の、耳による空間解剖学の実験装置である。
1970年代中期、ヘッドフォンが「個人の音場」として認識され始めた時代に、フィリップス社がバイノーラル録音とフォノラル処理を駆使して制作した、音響パノラマの試聴用サンプラーである。
2. 【構造と文脈|Structure & Context】
音響構造と録音技法|Sonic Architecture & Recording Approach
本盤の最大の特徴は、1970年代の民生機器用音響デモにおける先駆的録音技術として、**バイノーラル(binaural)**と称される立体録音技法が全面採用されている点である。
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バイノーラル録音:人間の頭部モデル(ダミーヘッド)を用い、左右の耳位置にマイクを仕込むことで、**聴覚的三次元空間(仮想音場)**を創出。頭外定位、後方定位、上下定位までも再現し、ヘッドフォン再生時にその効果が最大化される。
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フォノラル(phonoral):正確な定義は曖昧だが、日本独自の用語として「ステレオ以上の音場再現性」を指すと推察され、擬似サラウンド的空間処理やフェイズコントロール的ミキシング技術が用いられた可能性がある。
このような技術的アプローチにより、本作は単なるコンピレーションではなく、「音がどこにいるか」を体験させるための設計された録音物となっている。まさに、レコードであるにもかかわらず、空間に聴覚が投射される実験である。
収録内容には、音楽トラックに加え、効果音、環境音、ナレーションなど、リスナーの空間認知を試す構成要素が含まれており、音の定位、反射、移動のパターンが高度に意識されている。
時代背景と市場戦略|Technological Context & Label Strategy
1976年の日本において、オーディオ文化は**"視聴室"から"個人の耳内空間"への移行期**を迎えていた。特に、ソニーMDR-3やスタックスなどによるヘッドフォン技術の進化は、音楽の消費スタイルを変容させていた。こうした背景のもと、フィリップス社は本盤を「ヘッドフォンの音響試聴用ツール」として市場に投入した。
その主眼は、以下の3点に集約される:
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没入的音場再現技術の可視化(=聴覚化)
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高級ヘッドフォン製品とのパッケージ使用
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音響教育用・販促用としての実験的配布
同様の意図を持つ作品には、アメリカのStereo Review誌によるデモLPや、ドイツTelefunken社の3Dオーディオ盤などがあるが、本作のように**「360°音像パノラマ」を前面に打ち出した日本盤は極めて稀**である。
音楽の制度と知覚のズレ|Perceptual Drift & Institutional Frame
このレコードが興味深いのは、「音楽作品」ではなく「音響体験」をパッケージ化している点にある。
収録曲のジャンルや演奏家の名は重要ではなく、むしろ再生環境によって知覚される空間の撓みこそが主題である。すなわち本作は、音響制度の外縁に位置しながら、制度のパラメータ(定位・音場・広がり)を再定義する装置なのである。
1970年代後半、日本における民生オーディオ文化は、「音楽を聴く」から「音を浴びる」へと移行しつつあった。『Headphone Demonstration』は、その移行点の臨界をパッケージ化した一枚として、音楽文化史的にも、聴取技術史的にも貴重なアーカイヴといえる。
3. 【状態詳細|Condition Overview】
メディア:NM
ジャケット:VG+
4. 【支払と配送|Payment & Shipping】
発送:匿名配送(おてがる配送ゆうパック80サイズ)
支払:!かんたん決済(落札後5日以内)
注意事項:中古盤の特性上、微細なスレや経年変化にご理解ある方のみご入札ください。完璧な状態をお求めの方はご遠慮ください。重大な破損を除き、ノークレーム・ノーリターンにてお願いいたします。