以下、所謂ブラクラ妄想ショートショートです〜〜
小説『ロンドンの螺旋、心斎橋の透き間』
序章:霧の刻印(ロンドン・クラーケンウェル)
1986年、ロンドン。テムズ川から這い上がる霧が、クラーケンウェルの石畳を濡らしていた。
工房の奥、ガス灯の揺らぐ明かりの下で、マルコム・R・マクミラン(MRM)は、最後の仕上げにかかっていた。彼の指先にあるのは、単なる装飾品ではない。彼の「妄執」そのものだった。
「人生は直線ではない。愛もまた、単純な円環ではない」
マルコムは呟き、18金イエローゴールドとホワイトゴールドの地金をバーナーで炙った。二つの異なる金は、高熱の中で一度柔らかくなり、S字を描いて絡み合う。まるで、愛し合いながらも決して一つには溶け合えない、彼と、ある貴族の女性との関係のように。
彼は、その捻じれた腕(シャンク)に三つの石座を据えた。
過去、現在、未来。
選ばれたのは、トータル0.48カラットの天然ダイヤモンド。
彼は爪を使わず、地金で石を囲む「ベゼルセッティング(覆輪留め)」を選んだ。爪留めは華やかだが、衣服に引っかかり、生活の中で傷つきやすい。
「君の人生が、何者にも傷つけられませんように」
それは、身分違いゆえに結ばれぬ彼女へ贈る、最初で最後の「守護」だった。
刻印を打つ手が震える。
レオパードの頭(ロンドン製)。
王冠と750(18金)。
そして、彼自身のイニシャル、MRM。
完成したリングは3.7グラム。数字以上の重力が、そこにはあった。
結局、このリングが彼女の指に収まることはなかった。彼女は家のために、別の男のもとへ嫁いだのだ。リングはマルコムの死後、海を渡り、極東の島国へと流れ着いた。
第一章:大阪の雨と、止まった時間
令和の大阪、心斎橋。
銀杏並木を叩く雨音が、都会の喧騒を吸い込んでいく。
35歳の脚本家、真山 紬(まやま つむぎ)は、傘もささずに御堂筋を歩いていた。
彼女の人生は、ドラマのように劇的ではなかった。むしろ、三流の悲劇だった。
5年付き合った恋人・和也(かずや)には、別の家庭があった。
「妻とは別れる。もう少し待ってくれ」
その言葉を信じて重ねた月日は、紬の30代前半という貴重な時間を食い潰していた。彼女が書く脚本も、最近は「リアリティがない」「愛が軽い」と酷評され、仕事も干されかけている。
雨宿りのつもりで入った、順慶町通りの古びた輸入宝飾店。
薄暗い店内で、紬はそのリングと出会った。
『英国製 MRM社 トリロジーダイヤモンド 0.48ct』
ショーケースの片隅で、そのリングは異様な存在感を放っていた。
最近の量産品のような、華奢で軽いリングではない。
イエローゴールドとホワイトゴールドが、複雑に、しかし官能的に絡み合っている。
「見せていただけますか」
手に取ると、ずしりと重い。3.7グラム。
それは、紬が置き去りにしてきた「時間の重み」に似ていた。
「サイズは12.5号です」
店主の言葉通り、紬の中指に吸い付くように収まった。
縦幅7.2mmのボリューム。その瞬間、三つのダイヤモンドが、店内の薄暗い照明を吸い込み、ギラリと鋭く輝いた。
中央の石(現在)が、左右の石(過去と未来)を従え、紬にこう告げているようだった。
——お前の人生は、お前が主役だ。
紬は、なけなしの貯金をはたいてそのリングを買った。
和也に買ってもらった華奢なピンクゴールドの指輪を、そっとバッグの底に沈めて。
第二章:三つの石、三つの嘘
リングをつけてから、紬の周囲で「人間関係の捻じれ」が露呈し始めた。
脚本の打ち合わせ中、プロデューサーの桐島(きりしま)が、紬の手元を凝視した。
「……いい指輪だね」
桐島は、かつてロンドンに留学していた経験を持つ、冷徹な仕事人間だ。
「そのホールマーク、MRMか? 80年代の職人だ。彼は『叶わぬ恋』をテーマに作品を作っていたと言われている」
「叶わぬ恋……」
「だが、そのリングのデザインを見てみろ。金と白金が、互いに支え合ってダイヤモンドを持ち上げている。これは『悲恋』じゃない。『自立』だ」
桐島の言葉は、紬の胸に刺さった。
その夜、和也が紬のマンションを訪れた。
「紬、話があるんだ」
和也はいつものように優男の笑みを浮かべていたが、紬の指にある重厚なリングを見て、表情を曇らせた。
「なんだその指輪。ゴツイな。可愛くないよ」
「そう? 私は気に入ってるの。3.7グラム。これが私の今の重さよ」
「そんなことより、妻が勘付き始めた。少しの間、会うのを控えたい」
紬の中で、何かがプツリと切れた。
左の石(過去)が、和也との甘い思い出を映し出す。
右の石(未来)が、孤独な老後を映し出して脅す。
だが、中央の石(現在)が、強烈な光を放って叫んだ。
——目を覚ませ。
「和也さん」
紬の声は震えていたが、眼差しはダイヤモンドのように硬かった。
「この指輪の職人はね、愛する人にこれを渡せなかったの。でも、彼は逃げずに作品を残した。……私はもう、あなたの『待ち時間』でいるのは嫌」
「何を言ってるんだ。愛してるんだよ」
和也が手を伸ばしたその時、紬の手が彼の頬を張った。
リングの金属部分が当たらないように、手のひらで。しかし、その一撃には、数年分の迷いを断ち切る重さが乗っていた。
和也は呆然とし、そして逃げるように去っていった。
第三章:螺旋の先にある光
和也との別れから数ヶ月。紬は憑き物が落ちたように仕事に没頭していた。
書き上げた新作ドラマの脚本『ロンドンの雨、大阪の虹』は、業界で高く評価された。
その打ち上げの夜、桐島が紬の隣に座った。
「いい脚本だった。主人公が、過去の恋愛を宝石に変えて売り払うラスト、痺れたよ」
「実体験ですから」
紬が笑うと、指先のリングがシャンデリアの光を弾いた。
「その指輪、まだ持っていたんだな」
「ええ。でも、そろそろ役目は終わりかなって」
「役目?」
「私を守る盾としての役目です。今の私には、もう鎧はいらない」
桐島はグラスを置き、真剣な眼差しで紬を見た。
「なら、その指輪を外した指に、俺が新しい未来(右の石)を乗せてもいいか?」
驚く紬に、桐島は続けた。
「ロンドンの職人が込めた祈りは、君をここまで連れてくることだったんだ。過去も現在も抱きしめて、君は強くなった。……次は、幸せになる番だ」
紬の目から涙が溢れた。
螺旋状に絡み合っていたイエローゴールドとホワイトゴールド。それは「すれ違い」ではなく、「二つの人生が共に歩むための準備期間」だったのだ。
彼女は静かにリングを外した。指にはくっきりと、指輪の跡——生きた証が残っていた。
「ありがとう。マルコムさん」
紬は心の中で、遠い異国の職人に感謝した。
この指輪は、箪笥の肥やしにしてはいけない。
また別の、人生の岐路に立つ誰かの指で、その「捻じれ」を肯定し、輝かせなければならないのだ。
終章:順慶町通りのハッピーエンド
数日後、晴れ渡った大阪・心斎橋。
紬は、桐島と共に、ある場所を訪れていた。
「ブランドクラブ心斎橋」。
大阪市中央区順慶町通りに店を構える、確かな鑑定眼を持つ場所だ。
「いらっしゃいませ」
スタッフが笑顔で迎える。紬は、ベルベットのケースに入れたリングをカウンターに置いた。
鑑別書には『天然ダイヤモンド 0.48ct』の文字。
しかし、ここに持ち込まれたのは単なる鉱物ではない。
1986年のロンドンから、令和の大阪へと繋がれた、一人の女性を再生させた物語そのものだ。
「素晴らしいリングですね。このS字のカーブ、石留めの丁寧さ。大切にされてきたのが分かります」
スタッフの言葉に、紬は桐島と顔を見合わせて微笑んだ。
「ええ。私の人生の、一番濃い時間を支えてくれた指輪です。……次は、この重さを必要としている誰かに届けてください」
手続きを終え、店を出た二人の上には、雨上がりの大きな虹がかかっていた。
紬の薬指にはまだ何もない。
しかし、その手は桐島の手としっかりと繋がれている。
絡み合う指と指は、あのリングのシャンクのように、今度は決して解けることのない、温かな絆の形を描いていた。
【出品者より】
小説の主人公になれる、本物のジュエリー。
物語に登場した「ロンドンの職人が遺した奇跡のリング」は、実在します。
商品詳細:
中石:天然ダイヤモンド トータル0.48ct(トリロジーデザイン)
素材:18金イエローゴールド/ホワイトゴールド(K18/750刻印あり)
ホールマーク:英国製(レオパードヘッド・王冠・メーカー刻印MRM)
重量:約3.7g(指に伝わる確かな無垢の重み)
サイズ:12.5号(縦幅7.2mmの存在感)
あなたの人生の「過去・現在・未来」を照らす灯火として。
あるいは、大切なパートナーへの、言葉にならない想いの代弁者として。
このリングは、ヤフーオークションにて「ブランドクラブ心斎橋」が出品しております。
次の物語の主人公は、あなたです。