14.2×19.8㎝
全29丁
【題箋】『發句集』
【内容】『芭蕉二十五ヶ条』の解説のようだが、「季吟」の名が出たのは「初めて」、だったように思う。
【内題】
季吟家芭蕉家廿五ヶ条 1丁表 (釈文中「■」は浅学により判読できなかった文字を示す。)
發句中切 心切トモ
相萬(?)の切
玄妙の切 2丁表
大まはし 2丁裏
をまはし
三段切 3丁表
切 や が事
哉辞か事 丁裏
五脇 4丁裏
第三の事 6丁表
所方八躰 7丁裏
其人 其場 時宜 天相 観相 時分 時節 傳
時宜 9丁裏
附方三躰
直(眞の間違い?)草行 11丁表
眞
草 11丁裏
行
皮肉骨 12丁表
戀句 13丁表
下の句て留め 15丁裏
下の句に留め 16丁表
上の句に留め
上の句つゝ留め 16丁裏
下の句つゝ留め
下の句見ゆとめ 17丁表
押字 うくすつぬふむる
治定にて
傳の押字 17丁裏
あたりてには
きせてには
かそ(?)手テには 18丁表
こ(?)そてには
傳ニこそといひては
ゑけせてねへめれ
■語の格 18丁裏
誰の發句 19丁表
文字■(?)里 19丁裏
かさね言葉 20丁表
追善 追辞トモ 追幅トモ
いひ残すてにき 20丁裏
又下の句にも
又發句にも此格口傳
十八保(?)躰(?)つはの傳 21丁表
第三もなし留め 22丁表
四様 八月
四季句數の事
執筆の傳 23丁裏
懐帋 諸(?)書 横入
吟聲の揚やう
藪入 彼岸 出代 24丁表
賦物の傳 25丁裏
(注→連歌の題に「賦何路連歌」「賦何人連歌」等とあるのを言っている。)
賦何カ
賦何守
賦金何 26丁表
賦三時下畧
賦の一字除冠 以代
賦の一字除篇 26丁裏
賦三字中畧
賦一字の我■(?)
本式おもて十句 (春三句 秋三句 夏二句 冬二句)
賦金俳諧之連歌(十句) 27丁表
賦物連哥ニハ五アリテ 28丁表
木 人 路 山 舩
三鳥の傳 29丁表
俳諧條々 29丁裏
喰ふては後をしめて俳諧の三石味知るへしとはせを翁の申されし
月■ 中川乙由
里山來爲
【因みに】ここに見える、中川乙由について。
三重県ホームページ(からの抜粋)による
中川乙由 延宝三年(1675年)~ 元文四年。通称、喜右衛門。伊勢国川崎中川勝久の男で、新屋と号し、材木商であったが、のち神宮の御師となり、慶徳図書と号した。
麦畑の中に草庵を結んで麦林舎と号したのは、さらに後の事であろう。
俳諧は芭蕉晩年の門人であるが、面接は一二度くらいらしく、主として凉莵の門人。
「伊勢風俳諧」を弘布したのは凉莵・乙由二人の力である。
また支考のとも深く交流があり、後世、支考の「美濃風」と合わせて「支麦」といい、俗談平和的の作品が多く、これがため一大勢力を得た。
俳諧のほかに絵画を善くした。
【妄想】この作品には、北村季吟の名が出てきたり、「廿五ヶ条」の解説にしては、今まで目に触れたことがないほどの項目の細かさには驚かされる。
また、出品者浅学の為かと思うが、「賦」に関することはこの本で初めて目にした。加えて「中川乙由」の名が出てきたこともあまりの突然だった。ひょっとしてこの本の執筆者は「中川乙由」じゃないか、とも妄想した。くわえて、この本も、彼の自書だったりして・・・・・。隣の里山來爲は門人で共著者あたりだろうか。
※全体的に、経年によるくすみ、汚れあり。
※経年による紙の劣化、変色、斑点状の染み、多数あり。
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