HINODEさんなど市販されている良質なレジンキットやワールドタンクミュージアム、プロホビーキット、VICTRIXキットなどを
ベースにして、兵士や、アンテナ、機銃 装備品など素人が若干手を加えたドイツ軍6両のセットです。
●1941年、ドイツ軍はネーベルヴェルファーロケットランチャーを完成させました。口径150mmの円筒形ロケット発射装置を環状
に6門設置し、足回りには3.7cm Pak36/37対戦車砲と同じものを使用、ロケットランチャーとしては非常にコンパクトでした。
ネーベルヴェルファーは、主に東部戦線に配備され、各地で十分な威力を発揮しました。1発あたりの命中率は期待できない
ですが、制圧射撃用としては最適で、より小型なロケット弾を大量に投射するソ連軍の翼安定式ロケット弾よりは命中精度は
高く、1発あたりの威力も高かったようです。
しかし、通常の野砲などに比べ射程が短く、より前線に配備されるため、敵歩兵や戦車との直接交戦による損害も大きくなり
このため、各種トラックなど自走化することで生存性を高められ、また装甲化されたパンツァーヴェルファー搭載されて使用さ
れました。 今回は、トラック搭載された21cm5連装ベルファー42型としました。
また150mm sFH 18榴弾砲は1934年に生産が開始されて終戦までに5,403門が作られたドイツ軍の代表的重榴弾砲です。
傑作砲105mm leFH 18とともに師団砲兵の主力野戦榴弾砲として、第二次世界大戦を通して広く運用されました。
この重砲を自走式として装甲部隊用に開発されたのが、Ⅳ号戦車車台に搭載されたフンメル自走榴弾砲でした。
フンメルの和名は「マルハナバチ」という可愛い名前ですが、自走化することにより、機動力とともに遥かに敵陣の破壊力が
増した恐るべき重榴弾砲でした。
「ブルムベア」、とは灰色熊の意味であるや(「気難し屋」「不平不満を言う人」の意との諸説もありますが、この通称名は、戦
場で放棄されて捕獲されたものを調査した連合軍によって命名されたもので、ドイツ軍の命名ではなかったようです。
ブルムベアは、エレファントと同じく1943年にIV号突撃戦車として登場しました。
ブルムベアは攻撃隊の第1波とともに前進して、防衛拠点の弱体化や掩蔽壕の破壊を行いました。しかし、近接対戦車兵器
に対しては脆弱だったため、敵の対戦車チームが近づきすぎないよう、歩兵がブルムベアに密着する必要がありました。
しかしブルムベアは大半の兵器に対しては十分な防御力を持っており、そして何よりも強力な榴弾砲を搭載していました。
15cm43式突撃榴弾砲(15cm Sturmhaubitze 43 L/12)と呼ばれるこの砲は非常に砲身が短く歩兵が要求するちょうど良い
レベルの火力支援を提供できたため、ドイツ兵士の間では人気が高かったようです。
装甲は全面に施されており初期型は自衛用火器を持ちませんでしたが、後期型は車体前面の装甲板に機関銃が装備され
ました。(今回は前期型です) 戦闘区画は広々としており、150mm弾薬を最大38発収納可能でした。
313両前後が製造され、大半が機械化歩兵および歩兵部隊の直接支援に使用されました。
本車を装備した第217突撃戦車大隊は1944年春に編成され、7月にはノルマンディ方面に投入され、カーンでの戦いやファレ
ーズ包囲戦で奮戦しました。その後オランダ、アルンヘムで、マーケットガーデン作戦の英空挺部隊を迎え撃ちました。
12月にはラインの護り作戦にも参加し、灰色熊はアルデンヌの森でもその強力な牙と爪で連合軍に襲い掛かったのです。
長射程破壊のフンメルと自走式短射程ロケット砲ベルファー、短距離制圧戦用のブルムベア搭載の15cm43式突撃榴弾砲など
異なる特徴を持った兵器によってドイツ機械化砲兵隊はあらゆる戦線を制圧していったのです。
1944年アルデンヌでの「ラインの護り作戦」での事前制圧砲撃に備え、出撃準備をする制圧砲撃戦部隊をイメージしました。
●全て史実や実車に忠実ではありません。写真にてご判断願い、NC、NRでお願いします。細かな点が気になる方、総合評価が
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