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總論
和辻哲郎君の「鎖國」によると、信長は天正九年(一五八一二月二十八日に、
京都の東の野に部下の諸を集めて、馬揃えをやったのだそうである。 そ
部下の衣裳や馬の装飾に工夫をこらし、自分では緋の服をきるとか、馬も緋で
覆うとか、五十人の家来には錦欄の揃いの着物をきせるとかして、大變な金を使
った。高山右近でさえ自分と自分の馬とのために七通りの服装を作ったとのこと
である。砂をまいた競技場の廻りには多数の棧敷が作られ、競技に参加した武士
の數は十三萬といわれた。信長は多数の良馬を右側に曳かせ、後にワリニャーニ
の贈ったピロードの椅子を四人の武士にになわせ、その後方に歩兵を従えて臨場
した。 競技というのは、騎馬の武士が、或は三人ずつ、或は十二人ずつ、或は四
五百人も一度に競技しながら、場内の端から他の端へ駈けるだけのことだったと
いうが、見物は内裏公家衆・高僧たちを初め二十萬人に達したのだそうである。
ワリニャーニは招ぜられて非常にいい見物席からこの競技を見せられたのだとい
う。これは神父たちの見た馬揃えてあるから、全體に西洋の色彩がくつついてい
るのかも知れない。 しかしそれを割引して考えてみるとしても、この豪奢な競技
には、何か中世の騎士の競技例えばアーサー王の宮廷で催される競技の面影
のようなものがあって、徳川時代の世界とはまるで違った感じを與えるようで
ワリニャーニは信長が安土に帰ったあとを追っかけるようにして安土へ行き、
ついた翌日信長から安土の城を見せてもらっている。 安土の城には天正四年(一
五七六二月二十三日に信長が移り住んだといわれているが、その七層の天守閣
は、下から上まで殆んど全部、狩野永徳の障屏畫で充たされていたそうである。
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