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梅原龍三郎 ブロンズ「裸婦像」高さ19㎝ 1968年夏作 置物 オブジェ 共箱 現代美術 文化勲章 |
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| ▼作者 |
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梅原 龍三郎(うめはら りゅうざぶろう)1888年 - 1986年 京都府京都市下京区生まれ 1914年までは名を良三郎と名乗る 京都府京都市下京区に生まれる。生家は染物問屋であった 京都府立第二中学校(現在の京都府立鳥羽高等学校)を中退し、 伊藤快彦の画塾・鍾美会で学んだ後、 浅井忠が主催する聖護院洋画研究所(現在の関西美術院)に入る 同じ時期には安井曾太郎も学んでいた 1908年 田中喜作(後に美術史家となる)と共にフランスに留学 パリに滞在しアカデミー・ジュリアンに通った 1909年 ピエール・オーギュスト・ルノワールの指導を受ける機会を得る 1910年には有島生馬を通じてルノワールについてや、パリの芸術について、雑誌『白樺』に寄稿している 1913年 帰国、東京神田で個展「梅原良三郎油絵展覧会」を開催 この時に武者小路実篤、志賀直哉、柳宗悦との知遇を得た 1914年 二科会の設立に関わる 同年、洋画家・亀岡崇の妹艶子と結婚 15年長女紅良(嶋田紅良)、18年長男梅原成四が生まれる 1920年 再び渡仏するが、前年に死去したルノワールの弔問のためでもあったという 1922年 春陽会の設立に参加 その後、春陽会を去り、 1925年に土田麦僊の招きで国画創作協会に合流し、国画創作協会洋画部(第2部)を設置 1928年 国画創作協会が解散した際に、洋画部が独立し「国画会」となった 1935年 帝国美術院会員となる 1937年 拡充された帝国芸術院(現日本芸術院)会員となる 1944年 帝室技芸員、東京美術学校(現:東京芸大)教授となる 1952年 東京芸術大学教授を辞任 渡欧しヴェネツィア・ビエンナーレの国際審査員を務める 同年文化勲章受章 1953年 軽井沢にアトリエを設ける 1957年 日本芸術院会員を辞任 役職を辞した後は渡欧を繰り返し、自由な立場から制作に励む 少年時代より良きライバルであった安井曽太郎とともに洋画界の頂点を極め、「日本洋画壇の双璧」と称された ヨーロッパで学んだ油彩画に、桃山美術や琳派、南画といった日本の伝統的な美術を自由に取り入れ 絢爛たる色彩と豪放なタッチが織り成す自由奔放な装飾的な世界を展開した 第二次世界大戦前から昭和の末期まで長年にわたって日本洋画界の重鎮として君臨した 以上、略歴引用 |
| ▼付属品 |
| 共箱 |
| ▼サイズ |
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総丈:19cm 縦 :10cm 横 :8.9cm ブロンズのみの高さ:17cm 底幅 縦:11.8㎝ 横:10.5㎝ 台座を含む総重量:1500g |
| ▼備考 |
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裸婦像は大胆なデフォルメがなされ、梅原らしい力強い筆致を思い起こさせるような柔らかく自在なフォルムが実に印象的です。 ブロンズ下部後ろに「RU」とサインが刻まれております。 箱は刷り込みサインです。 飾ってなく良い状態です。 ※撮影の際に生じた写り込みなどがございます。 ご理解の程よろしくお願い致します。 |
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