コスモスポーツの前期型L10Aには、10A型ロータリーエンジン(491 cc ×2)が搭載された。9.4の高圧縮比とツインプラグによって
110
PS /7,000
rpm、13.3
kgfm /3,500 rpm を発生する。車重は940
kgと比較的軽量であった。
エンジン以外の基本レイアウトは、この時代では常識的であったFRであるが、当時の日本製乗用車としては相当に高度な
スペックが奢られていた。サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン+コイルスプリングの独立懸架、
リアは独立懸架こそ断念されたが、バネ下重量の軽減を図り、ド・ディオンアクスルをリーフスプリングで吊る形式が採用された。
ステアリングギアにはクイックなラックアンドピニオン形式を採用している。トランスミッションは4速フルシンクロで、
ブレーキは前輪がダンロップ型
ディスク、後輪はアルフィン・
ドラムであった。
なおブレーキは前後2系統が独立したタンデムマスターシリンダー式となっており、どちらかが故障した場合に備えた
安全性の高いものとなっていた。
ロータリーエンジンは極力低く、そして後方に搭載され、後のマツダのアイデンティティーともなるフロントミッドシップの発想が
既に生かされていた。重量物であるバッテリーは、前期型ではトランクに置かれ、後期型では助手席後部に設けられた ツマミで開閉する蓋付きのケースに収められた。
ボディ
ロータリーエンジン搭載用に専用設計されたボディはセミモノコック方式である。ボディは開口部以外には継ぎ目がなく、
ハンドメイドのスペシャルティカー然としたものであった。また、開口部のリッド類は来たるべき高速時代を見越して、
全て安全な前
ヒンジ(エンジンフードは逆アリゲーター)とされた。デザインにあたっては革新的なロータリーエンジンにふさわしい、
大胆かつ斬新なスタイルが望まれた。
開発当初、当時の社長である松田恒次から「売り出すつもりのないイメージカーだ」と言われたからこそ、
この思い切ったスタイリングが生まれたともされる。
全高は1,165 mm と低かった。「軽量コンパクトなロータリーエンジンでなければ成しえないデザインを」という、
学芸大卒業のマツダ初のデザイナー小林平治の意図はその低さに結実し、伸びやかなリア・オーバーハング、
ボディー中央を走る
プレスラインとあいまって、コスモスポーツの未来的なイメージをさらに強調している。
ボンネットの低さとエンジンフード(リッド)の小ささは、ロータリーエンジンのコンパクトさを暗示している。
また、
バンパーを境に上下に分けたテールランプも特徴的である。ただし、全長に比してリアオーバーハングが大きいスタイルのため、
運動性の面では不利なものとなり、「スポーツ」の名とは裏腹にむしろ
グランツーリスモとしての性格が強くなった。
販売価格
価格は148万円で、同時期の趣味性の高い車種で比較すると、いすゞ
・117クーペの172万円やトヨタ・2000GTの238万円ほどではないが、
カーグラフィック誌によるマツダ製ロータリーエンジン車の燃費テスト結果を以下に示す。
- コスモスポーツ (L10A):8.3 km/L(試験距離:公道998 km、サーキット108 km、1967年9月号)
- カペラロータリークーペGS:7.07 km/L(試験距離:4,300.6 km、1970年10月号)
- サバンナRX-7リミテッド (SA22C):7.68 km/L(試験距離:1,555 km、1978年6月号)
- サバンナRX-7 GT-X (FC3S):5.0 km/L(試験距離:1,007 km、1985年12月号)
- アンフィニRX-7 type R (FD3S):5.2 km/L(試験距離:970 km、1992年2月号)
各年代の道路事情やテスト条件の相違などから一概に結論付けられないが、以上の車の中では、燃費性能でトップの値を記録している。