| 慧琳反切総覧/上田正/慧琳一切經音義一百巻に見える反切のうち慧琳のものと確認し得る反切を集めたものである・附録として直番篇を加える
昭和62年 254P。 部数は少なそうです資料用にもいかがでしょうか。
1 本書は 『慧琳一切經音義』 一百巻に見える反切のうち慧琳のものと確認し得る 反切を集めたものである。 附録として直番篇を加える。 2 所據本は『高麗大藏經』(東國大學校 1976年刊)である。その巻數を漢字で, 丁敷を洋数字で記す。 3 第21~23.25~26 27 卷の慧苑・雲公・基師の原撰のは除く。 玄應原撰の 經については玄應義諸本と慧琳音義と對校して慧琳の改定と判定した反切のみ に止めた。 參看拙論 「玄應義諸本論考」(「東洋學報」 第63卷第12號, 1981年12 月)。 本書は慧琳音と切韻との聲韻の差異を明らかにするを以て目的とするので編制 は切韻に従う。 切韻・廣韻に無く集韻に従うものは備考欄に集と記し,集韻にも 無きものは備考欄に無と記す。 切韻・廣韻・集韻と音韻の異なるものは備考欄に 切韻の聲韻を注記する。
序 上田正氏が研究せられた 『慧琳義』の原著者慧琳は唐代中葉の僧 (西暦737-820 年)であって,著書は一切經音義』(一百春)と題する。同じ名でよばれる書(原題 は 「大唐衆經音義」 二十五巻) があるが、その著者玄應は唐初 (七世紀初頭)の人であ 二書とも漢譯佛典の難語・難字を抜き出し, 字音と字義を注したものであるが、 中國音韻史の研究者にとっては,注解の中で字を記するために用いられた反切の 字法の異なることに注意が向けられる。
特に慧琳の書の注する音が,おもに「秦音」 すなわち彼の時代の都長安の周邊地 域の言語の音をあらわすものであることを發見したのは王國進氏であった。王氏は, 琳の書の巻頭に見える覆載の覆の字について彼が注した二種類の反切が,一つは 「秦」,もう一つは「呉楚の音」 だとせられるのを例とし、後者が陸法言の 「切韻」 に據ることから,それは唐代の江南の方言音ではあるが, 實は南北朝以来の傳統的 な古典のよみかた (讀書音) だったとする。 従って慧琳の反切の用字をくわしく調べ るならば,當時の長安音の全貌を知ることができるであろうと考え,「これた音韻 上の一大事業なり,而うして後人の之を爲すに待つこと有る者なり」と言った ( 『觀堂集林』卷八)。 王氏の期待した「一大事業」は、その弟子であった黄淬伯氏によって遂行され, その成果は『慧琳一切經音義反切考』七巻として刊行された(1931年, 上海)。黄氏は 慧琳の反切用字を拾い集め、これを分析總合して,聲類と韻類を定めた。これで唐 代中葉の長安音の體系が明らかになったはずであった。
ところが慧琳の原著は大部だから,黄氏の?した反切の字の誤りと睨漏は少なく ない。そのことは刊行後まもないころ, すでに中國では気づいていた人があった。 五十年前、私が北京に留學していたとき, 北京大學の或る先生から、あの本を使う ときには注意しなければいけないと教えられたことを想い出す。 それでも,これに 代わるべき研究は,ほかに無かったから, 黄氏の作が久しく唯一の參考文献となっ ていたのである。
黄氏の書の缺陷を生じた原因の一つは,その使用したテクストが多分, 丁幅保の 影印本 (1924, 上海) であったことによる。 丁氏の影印の底本は日本の延享二年(17 45,京都) の翻刻であった。
お好きな方、お探しの方いかがでしょうか。
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もちろん読む分には問題ありません。492313新 |