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《駆逐艦天霧》【エッチング及びJ・F・ケネディが座乗したPT-109付】ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧
《駆逐艦天霧》【エッチング及びJ・F・ケネディが座乗したPT-109付】ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧 [浏览原始页面]
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《駆逐艦天霧》【エッチング・PT-109付】ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧

商品説明 ■ ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧について
 天霧は吹雪型駆逐艦13番艦で吹雪型のII型です。
 天霧が有名なのは、後にアメリカ合衆国大統領になるJ・F・ケネディが指揮する哨戒魚雷艇PT-109と衝突し沈めたことです。当時天霧の艦長だった花見氏は戦後ケネディと親交を持ち、大統領選では元天霧の乗組員が応援に駆けつけ、その件も有効に働きケネディは大統領選に勝ったとのエピソードがあるようです。実艦についてでも記載してありますのでご興味のある方はご一読ください。
 このキットにはエッチング以外に同スケールの哨戒魚雷艇PT-109も同梱してますので、そのシーンも再現可能です。
*キットの特徴
 ・洋上モデル
 ・エッチングパーツ入り
 ・米魚雷艇 PT-109入り
 定価 2,970円(当時・税抜)
 新品が欲しい又は落札できなかった場合は下記ECサイトで購入可能です。
 Amazon様 2,626円(税・送料込)

※  出品理由や趣旨については自己紹介をご参照ください。(必読ではありません)

■ ご注意
・無塗装、未組み立て品です。塗料、制作工具、接着剤等は別途ご用意ください。
・パーツはパーツリストと照らし合わせ確認済みですが、見落とし等があるかもしれません。その場合はメーカーにお問い合わせ下さい。
・部品パーツの [Y700 F]、[Y700 C] (以上クリアパーツ)及び連装機銃パーツの[25]1枚が余分に入ってます。
・パッケージは経年劣化により日焼けやかなりのスレ等の劣化がありますし、一部折れや汚れ、破損が存在しますのでご了承下さい。
・本出品には上記の可能性もありますので、美品や完品がほしい方は、入札をご遠慮下さい。

※ 当出品物は売る事を前提として保管してた物では無い為、新品同様の状態のものもありますし、日焼けや変色、スレ等全体的に劣化している状態のものもあり、全てが同一のコンディションではありません。このため商品の状態を判断して出品してますが、当方で新品同様と判断しても、見落としや落札者様の判断基準と異なる可能性もありますので、どのような状態であっても基本的に「傷や汚れあり」に設定し、開始価格も低めの設定にしてます。
 特に模型については組んで頂くことを前提としてますので、パーツリストのあるものはパーツを確認し、可能な限り本体部分のパーツが揃っているものを出品してます。(欠品している場合は欠品部分の情報と、リカバリ方法のヒントを記載いたします) このためパッケージの状態を特に重視される方は入札をご遠慮ください。
 書籍についても、内容では無く書籍の状態の方を重視される方は入札をご遠慮ください。

■ 同時に下記商品を出品しています。
[艦艇]
・エッチング及びJ・F・ケネディが座乗した哨戒魚雷艇PT-109付
 ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧

・昭和の頃から凄かったバンダイの軍艦模型
 バンダイ 1/2000 ネイビーコレクション No.2 長門型戦艦 長門

・今は亡きASK(渥美産業株式会社)製
 ASK 1/1000 聯合艦隊シリーズ No.9 長良型軽巡 阿武隈

[航空機]
・存在自体ステルスの戦闘機(シュリンク未開封品)
 イタレリ No.155 1/72 米国戦闘機 F-19 ステルス戦闘機

[サブマリン707]
・サブマリン707 I世+707 1世改の2隻セット
 ツクダ サブマリン707 Ⅰ世 + サブマリン707 Ⅰ世改


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 また事情をお伝え頂いた場合でも、入金は落札後5日以内にお願い致します。
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 2) 日本国内のみで海外発送には対応してません。
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 2) 今まで配送の追跡後、商品を郵便局や営業所止め等にしてあると判断した場合は、その週末に受け取るものと判断し、翌月曜日までは催促致しませんが、出来れば受取予定期日のご連絡をお願い致します。何のアクションもない場合は、翌月曜日に催促の連絡をさせて頂きます。
 3) 催促をかけてから24時間以内に何らかのアクションを頂けない場合は、落札者様の評価または前回までの対応に基づき以下のように対処致します。
  (1) 受取処理をしないとの評価がある場合、催促から24時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。
  (2) 受取処理をしないとの評価が無い場合、催促から48時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。
  (3) 当方のこの出品または以前の出品で支払い、受取処理で2回以上の警告を受けた場合ブラックリストに登録致します。

(注)これまでの取引で極一部の方の対応に問題があり、これまでより入札条件が細かくなったり厳しくなり申し訳ございません。上記条件にご納得頂けない(上記期間内にお支払い、や受取処理が出来ない、もしくはお支払いや受取処理の遅れる理由を連絡するつもりのない等)場合は入札をご遠慮ください。

5.評価について
 1) 評価は、当方に評価いただいた方のみ対応させて頂きます。
 2) 評価不要の方は当方への評価も必要ございません。

6.再出品について(2025/11/30:修正)
 これまで落札されなかった商品やいたずら入札で落札がキャンセルされた商品の再出品を行ってませんでしたが、準備出来次第以下の要領で行う予定です。
 ・即決有り、送料込みでの出品形式の出品となります、掲載期間は未定です。
 ・基本的に即決価格はアマゾンや相場を参考に商品の状態を考慮し設定し、開始価格も即決価格の9割程度とします。
 ・通常出品との同梱は基本的に出来ません。

7.その他
 1) ご質問がある場合は、オークション終了の24時間前迄に行ってください。
 2) 送料も含め値引き交渉は致しません。
 3) 現品しかございませんので、基本的にノークレーム・ノーリターンでお願い致します。
 4) 新規の方や評価が非常に悪い方、また取引に不安を感じる方は、申し訳ございませんが入札を取消させていただく場合がございます。

上記ご確認の上ご検討ください。
送付方法 ゆうパケットプラス
支払方法 !かんたん決済(詳細
実艦について ◇クラス解説
 ワシントン海軍軍縮条約により、保有制限を受けない補助艦艇の整備の強化を行なう事にしました。
 八八艦隊計画では大型の一等駆逐艦と中型の二等駆逐艦を整備することしてましたが、米国には隻数でかなわないため、中型の二等駆逐艦の整備は行わず、個艦性能の高い大型の一等駆逐艦のみを建造することとしました。
 これにより計画は見直され、大正一二年度計画では一等駆逐艦(1,400トン型)24隻の建造が計画されました。
 最初の4隻は533mm魚雷搭載の神風型が建造されましたが、次の12隻は速力37.3ノット 61cm三連装魚雷発射管を2基、12cm単装砲四基搭載する重武装とし、睦月型として建造されました。
 残り8隻は計画を見直し、更なる重武装化を軍令部から要請され、1,700トン型として5隻が建造されました。この1,700トン型が吹雪型となります。吹雪型駆逐艦はその過大すぎる要求性能を実現するため、1924年計画時に「特型駆逐艦対策委員会」が艦政本部内に設けられ、これが発端となり特型駆逐艦とも呼ばれるようになりました。
 吹雪型は航海性能重視の船体と、密閉式艦橋などの居住性改善、排水量に対して防楯付12.7cm連装砲塔3基、61センチ魚雷発射管9射線との重武装で最高速度37ノットを発揮しました。船体は新方式の電気溶接や軽合金(初期の頃)等徹底的な軽量化が図られましたが、実際の排水量はかなり超過しました。
 吹雪型は大正12年度計画で吹雪、白雪、初雪、叢雲、深雪の5隻が、1926年の予算で磯波、東雲、薄雲、白雲の4隻が、昭和2年度計画で15隻が建造しましたが、吹雪型駆逐艦は予想以上の好成績を収めたため、この事実が諸外国に知れ渡ると建艦競争に陥る可能性があるため建造は24隻で打切られましたが、やはり吹雪型駆逐艦の存在は各国に衝撃を与えたため、1930年に開かれたロンドン海軍軍縮条約では、1,500トン以上の駆逐艦にも保有量の制限が課せられる事になり、また吹雪型に対抗して米海軍はポーター級駆逐艦を英海軍はトライバル級駆逐艦を建造してます。
 吹雪型駆逐艦はこれ以降の日本海軍駆逐艦の基本形となり、また日本の水雷戦隊の中核を成し、1934年には当時の花形の第二水雷戦隊全艦が特型駆逐艦となってます。
 しかし友鶴事件や第四艦隊事件により復元性能や強度不足が発覚し、性能改善工事が行われた結果排水量が増大し、速度が34ノット迄低下しました。しかしながら耐波性能や凌波性はどの優れた性能を維持してました。
 吹雪型駆逐艦は竣工時既に計画より200t超過してましたが、機関関係の重量だったため復元性には問題ありませんでした。しかし後期の艦になるほどトップ重量が増し、既存艦も18回の改正により重量が増していきました。
 1934年3月の友鶴事件で本型の復元性を見直され艦橋構造物の縮小化などの改善工事を行いました。
他艦も同様の工事が行われ、その他に多くの指揮装置や計器類が撤去され、煙突の短縮も行われた。
 翌1935年9月に起きた第四艦隊事件では、初雪、夕霧の艦首が切断され、その他の同型艦にも船体に屈曲や歪み、亀裂などが生じました。本型は竣工後2~3年経った頃より強度上の問題が発生し、この事件を機会に艦首楼甲板や艦尾側の上甲板などの厚板化、デッキガータの増設、助骨、梁、デッキ、梁の補強などの徹底的な補強を行いました。この結果復元性や船体強度の問題は解消されましたが、排水量が増大し(電の場合計画時排水量2,050トンが改修後の公試排水量が2,450トンに増大)し、速力が37.5ノットより34.5ノットに低下しました。
 喫水が増加し乾舷が低下したものの耐波性や凌波性に問題はありませんでした。
 また響と深雪が衝突事故を起こし深雪が沈没し、太平洋戦争開戦時には吹雪型駆逐艦は23隻となってました。
 太平洋戦争では各戦線、護衛や輸送と各任務に従事しましたが、それゆえ消耗率も激しく、終戦まで生き残ったのは潮と響の2隻のみでした。
 特型駆逐艦という呼び方は、吹雪型駆逐艦だけでなく、次型である初春型、白露型、朝潮型駆逐艦を含んで呼ぶこともあります。また前型の睦月型、峯風型、神風型駆逐艦は並型駆逐艦と表現する場合もあります。
 吹雪型駆逐艦は命名前は第三十五号駆逐艦と呼ばれ、命名後は吹雪型駆逐艦と呼ばれ、吹雪沈没後は白露型駆逐艦、更に初雪型駆逐艦に改められてます。
 また吹雪型駆逐艦自体にも分類があり、4隻単位で雪型、雲型、波型、霧型という分類や吹雪型駆逐艦を16隻として、後期の8隻を朧型とする分類もあり、資料によりその他の分類方法もあります。
 外観による分類としては大正一二年度と大正一五年度に建造されたA型12.7cm連装砲塔搭載及びキセル型缶室吸気口の9隻をⅠ型(吹雪型)、Ⅰ型のA型12.7cm連装砲塔と艦橋構造物とⅡ型のお椀型缶室吸気口(荒天時の海水流入対策形状)を持つ改Ⅰ型(又はⅡA型)の浦波(ただしⅠ型に含む場合もあり)と分類。
 Ⅰ型より大型の艦橋構造物と後に日本駆逐艦の標準形状となるお椀型缶室吸気口を持ち、A型の仰角40度から75度に引き上げたB型12.7cm連装砲塔を持つ昭和二年度計画の綾波から潮までの10隻をⅡ型(綾波型)、ただし朧、曙、漣、潮の4艦は煙突の高さが低く形状も若干変化してるためⅡ型後期型とする場合もあります。
 排水量が計画より200t超過してるため、重量物である缶を減らす事とし、空気余熱器で缶の効率を高め缶数を4缶から3缶に減らした事で1番煙突が細くなり、更に艦橋構造物の大型化と魚雷発射管に防楯を装備した最後の4隻をⅢ型(暁型)としてます。尚、友鶴事件を第四艦隊事件後の性能改善工事で艦容が一番変わった特型駆逐艦でもありました。
・船体
 船体は長船首楼型で大きく乾舷を取り、艦首には急激なシアと強いフレアを付ける等随所で凌波性に極めて有効な形状を採用し、初春型駆逐艦や千鳥型水雷艇にも採用されましたが、工数が極めて多く、船体強度上にも不利だったので白露型駆逐艦以降は廃止されました。
 また小さな助骨を増やし外販の厚さを減らしたり、ステーやビラーを減らす代わりにガーターを強化、小型の鋲を使うなど構造的に極端な軽量化が行われ、工数は増えたものの浦波では計画より10t排水量が減りました。
 しかし艦前後の強度を中央に比較して落としたため、第四艦隊事件で艦首を切断する遠因となりました。
 その他に駆逐艦で初めての二重底採用とビルジキールの2枚化をおこなってます。
・艦橋
 艦橋は荒天時の長時間戦闘を考慮し固定天蓋と全面窓ガラスを付けエンクローズド艦橋としました。また艦首のシアと1番砲を考慮し艦橋を高くしたものの重心の上昇を考慮しジュラルミン等の軽合金を使用しましたが、海水による腐蝕が激しく後にアルミに変えたり使用範囲を縮小化しました。
 艦橋位置は船首楼甲板の後端とし、吹雪型は操舵機が羅針艦橋内にありましたが、それ以降は1段下の操舵室に移動しました。また羅針艦橋後部に発射発令所と艦長休憩室があるなど艦橋位置も含め、以後の日本駆逐艦の標準となりました。
 前部マストも吹雪型駆逐艦で初めて三脚楼が採用されてます。
・機関関連
 主缶としてロ号艦本式重油専焼缶を4基搭載し、主機は艦本式ギアード・タービンを2基を左右舷に分け搭載しました。漣には実験的に空気余熱器を取付て運用したところ良好な結果となったため暁以降の4隻は主缶を1基減らし3基とし、超過した排水量を減らせたが、艦底部の重量が軽減されたことにより復元性が悪化しました。
 缶室吸気口はⅠ型では背の高いキセル型としましたが、荒天時の高速航行時には海水が浸入するため、改Ⅰ型よりお椀型缶室吸気口とすることで海水の浸入を防ぐと共に空気を予熱することで艦の効率も上がり、以後の日本駆逐艦の標準となりました。
 ただ航続距離は初雪の公試で13.456ノットで4,875海里となり、世界的に見ればまだ不足してました。
・武装関連
 主砲は日本駆逐艦として初めて砲塔形式の12.7cm連装砲を搭載し、既存の駆逐艦の防楯無しの単装砲架砲塔より操作性や耐荒天性が向上しました。この砲塔形式は秋月型松型を除く日本駆逐艦の標準形式となりました。
 Ⅰ型及び改Ⅰ型が搭載したA型12.7cm連装砲塔は最大仰角40度で左右砲身連動式でしたが、B型は最大仰角75度で左右砲身が別々に俯仰することが出来ました。防楯の装甲厚は薄かったもののそれでもA型で25.4トン、B型では31トンもあり、友鶴事件と第四艦隊事件後の性能改善工事でB型砲塔はB型改1またはC型に改造又は交換されました。C型砲塔は最大仰角55度とB型より低くなってますが、これは対空射撃には低い仰角の方が効果的だったためです。大戦中には対空機器増強のため2番砲塔を撤去し機銃を増設してます。
 魚雷は次発装填のない61cm3連装魚雷発射管(12年式61cm三連装水上発射管)を3基搭載し、次発魚雷は格納筺の魚雷をスキッドビーム上のクレーンにより装填しました。尚、缶室吸気口形状の違いからⅠ型のみ1番発射管の位置が高い位置に装備されてます。魚雷発射管の防楯は荒天時の操作性向上に効果があり、敷波から装備されⅢ型は標準装備となりました。未装備の艦も1932~1933年に順次装備され当初ジュラルミン製でしたが、腐蝕が早いため鉄製に改められました。魚雷の搭載数は当初八年式魚雷を18本でしたが、1935年から90式魚雷を12~18本搭載となり、1943年8月以降薄雲、白雲、浦波、夕霧、曙、潮、響の魚雷発射管が改造され、93式魚雷(酸素魚雷)が当御際されてます。
 対空機銃は計画時には毘式40mm単装機銃2挺搭載予定でしたが、Ⅰ型と改Ⅰ型は留式7.7mm単装機銃2挺を装備し、Ⅱ型、Ⅲ型は毘式12mm単装機銃2挺に増強されました。
 大戦中には2番主砲を撤去し25mm3連装機銃2基、艦橋前に機銃台を設置し25mm連装機銃1基、2番、3番魚雷発射管の間に機銃台を設置し25mm3連装機銃2基増備しました。

◇個艦解説
 天霧は日本海軍の吹雪型駆逐艦13番艦で吹雪型のII型です。
 天霧は1930年11月10日に竣工、横須賀鎮守府籍となり、天霧は12月1日朝霧と共に第8駆逐隊を編成し、12月3日に夕霧が 、翌年(1931年)1月31日に狭霧が編入し、第8駆逐隊は天霧、朝霧、夕霧、狭霧の4隻体制となりました。同年12月1日に第二艦隊・第二水雷戦隊に編入し狭霧が第8駆逐隊から除かれました。
 1935年9月26日、演習中に台風に遭遇し第四艦隊事件が発生。これにより天霧は小破し、夕霧も損傷し第8駆逐隊から外れましたが、1936年12月1日復帰しました。1937年からは支那事変や仏印進駐に参加しました。
 1939年11月1日に第8駆逐隊は第20駆逐隊に改称され呉鎮守府に転籍し、その後第一艦隊・第三水雷戦隊に転属しました。翌年の1940年8月1日に、狭霧が第20駆逐隊に編入し4隻体制に戻りました。その後北部仏印進駐にともなう陸軍輸送船団護衛任務に従事しました。
 太平洋戦争開戦後第三水雷戦隊はマレー半島のシンゴラ、コタバル上陸作戦を支援しました。
 翌1942年1月27日、エンドウ沖海戦で天霧が所属する第20駆逐隊は第11駆逐隊と共に英駆逐艦サネットと豪駆逐艦ヴァンパイアと交戦しサネットを撃沈し、その後スマトラ島やアンダマン諸島の攻略作戦等の支援作戦に従事しました。3月10日に白雲が第20駆逐隊に編入し、南遣艦隊と共にベンガル湾の通商破壊作戦に従事し、重巡三隈と最上と共に行動し連合軍商船を5隻を沈没しました。4月10日に本土に戻り整備しました。
 ミッドウェー海戦時にはアリューシャン方面の支援の警戒部隊に所属し、6月下旬には奄美大島周辺での対潜掃討に従事しました。
 7月中旬にはインド洋方面通商破壊作戦の為本土を出港し、8月1日にはメルギーに進出しました。
 しかし8月7日、米軍がガダルカナル島やフロリダ諸島への上陸など南太平洋での反攻を開始した為、第20駆逐隊は通商破壊作戦を中止しガダルカナル島への輸送の護衛を任されましたが、8月24日の第二次ソロモン海戦で制空権を失い揚陸を断念した為、駆逐艦による輸送に切り替えられました。8月28日別動隊と合流後ガダルカナル島へ向かう途中に米軍機の空襲を受け、山田司令が戦死し、朝霧が沈没、白雲と夕霧が大破した為、揚陸は中止となり、ショートランド泊地に退避しました。
 第20駆逐隊で唯一無傷だった天霧は、9月1日に再度輸送船によるガダルカナル島への輸送任務を陽炎、夕暮、哨戒艇1号・2号と共に護衛を行い、翌2日に揚陸に成功、その後吹雪と白雪と共に飛行場を砲撃しました。その後8日にも実施するも、米軍の増援により攻撃が失敗しました。
 天霧は綾波と伊2、伊3と共に大発動艇による挺身輸送隊を編成し補給中継基地の設営を支援しました。
 10月13日天霧は外南洋部隊主隊に編入し出撃、14日深夜に主隊の鳥海と衣笠が飛行場への砲撃を実施し帰投し巻いた。しかし飛行場は健在で翌日揚陸作業を行っていた輸送船3隻が沈没し大半の物資も損失しました。このため17日も飛行場への砲撃を天霧と望月で行ってます。その後は輸送任務に従事しました。
 南太平洋海戦後、11月12日に天霧は輸送船団の護衛任務に就くも、11月14日に米軍の空襲を受け輸送船6隻を失いショートランドに帰投しました。
 天霧はその後も輸送任務に就いてましたが、ガダルカナル島の撤退が決まり、主要艦艇の整備を行うため1943年1月6日にトラックを離れ内地到着後、1月13日~3月10日迄呉で修理を行いました。
 日本軍は2月にガダルカナル島から撤退しソロモン諸島の防衛を強化しました。天霧と夕霧は第11駆逐隊に編入し3月20日にラバウルに到着し、ラバウルを拠点に輸送作戦に従事しました。
 6月30日、米軍がニュージョージア島に上陸し、天霧を始め駆逐艦5隻で急行するも敵艦隊と遭遇出来ませんでした。7月2日夜軽巡夕張他2隻を揺動とし、天霧始め5隻の駆逐艦でレンドバ島に突入するも、米軍機と魚雷艇に迎撃され、戦果は魚雷艇2隻のみでした。
 米軍は7月4日にニュージョージア島に上陸し、日本軍はコロンバンガラ島の防衛を強化するために輸送作戦を実施しました。しかし5日の輸送作戦で米艦隊の迎撃を受けクラ湾夜戦が勃発。結果的に米軽巡ヘレナを撃沈するも駆逐艦新月と長月を失いました。天霧はそのまま揚陸作業を成功させ、その帰路に米駆逐艦と遭遇し交戦し損傷を受けました。最終的に天霧はブインに帰港し、応急修理を行いました。
 1943年8月1日、天霧はブカ島近くで駆逐艦輸送隊と合流しコロンバンガラ島へ向かい、翌日の8月2日午前2時過ぎ、輸送任務を終えて帰航中の天霧は、ソロモン諸島近くのニュージョージアの西で、1キロ先に「黒いモノ」を発見しました。第五戦速で航行中の天霧と黒いモノは急速に接近し、それが米軍の哨戒魚雷艇であることが判明した時には艦砲の俯角より内側に接近しており、天霧は魚雷艇に体当たりをする体制となってました。
 魚雷艇は避けきれず天霧に体当たりされ、真っ二つになって沈没しました。
 この体当たりに関しては当時天霧の艦橋にいた山代艦隊司令は避けようとしたが誤った操作で衝突した事故と証言してますが、花見艦長や志賀水雷長は故意に体当たりをした証言してます。
 当時レンドバ島の米軍基地には15隻の魚雷艇がありましたが、各魚雷艇間での連絡・連携が取れておらず、PT-109は敵情も自軍の状況も十分把握しないまま哨戒行動をとってました。当時は日本の航空機に見つからないよう音と航跡を目立たなくする減軸運転(エンジン3基のうち1基のみの運転)をしており、衝突を回避しようと増速を試みましたがうまくいかず、37mm砲の装填も焦って手間取ってるうちに衝突してしまいました。
 この衝突でPT-109の乗員二名が戦死しましたが、後にアメリカ合衆国の大統領となる艇長のJ・F・ケネディ中尉は生存者を励ましながら陸地まで泳ぎ着き最終的に11名が救助されました。
 天霧の輸送任務は成功しラバウルに帰投後、損傷した艦首を特務艦鳴戸で応急修理し、ツルブ輸送実施後駆逐艦江風と交代し、8月10日にトラック泊地で修理を実施しました。コロンバンガラ島に軽巡川内などと共に向かった江風は、途中米艦隊の雷撃を受け(ベラ湾夜戦)荻風、嵐と共に沈没しました。
 8月31日、天霧は駆逐艦文月と共に輸送船団を護衛してトラックを出発し、9月4日にラバウルに到着。その後、ブカ島への輸送やコロンバンガラ島からの撤退作戦に従事しました。10月以降はニューブリテン島南部やブカへの輸送を行いましたが、31日のイボギへの輸送は敵機に発見され中止となりました。
 11月1日、米軍がブーゲンビル島に上陸すると日本艦隊は逆上陸を計画し出撃するも中止となりラバウルに戻りました。11月5日には米軍によるラバウルへの大空襲により日本の海上戦力が大きく弱体化しましたが、天霧は湾外に逃れており難を逃れました。翌11月6日、日本軍はブーゲンビル島タロキナへの上陸作戦が実施され、天霧を始め駆逐艦艦隊による揚陸に成功しました。続いて駆逐艦艦隊によるブカへの緊急輸送作戦も実施され、これも成功しましたが、帰投中に米艦隊と遭遇しセント・ジョージ岬沖海戦が勃発し、駆逐艦大波と巻波、夕霧が沈没しました。
 12月6日、天霧は曳航船を雷撃により失った曳航油槽船の護衛及び曳航を行う為ラバウルを出撃。曳航油槽船の護衛を行っていた鴻と夕凪と入れかわりに警戒に入るも、7日に操艦を誤り駆逐艦秋風と衝突し艦首を損傷。速力も16ノットに落ち曳航油槽船の曳航を試みるも風浪により断念。カビエンにて応急修理を行い、15日にトラック島へ帰投しました。
 12月20日、駆逐艦天霧は照川丸を護衛しながらトラック泊地を出発しサイパンへ向かうも、翌日照川丸は米潜の雷撃で沈没。乗組員の救助後トラックに戻り
 12月26日、今度は日栄丸と旭東丸を駆逐艦卯月と共にパラオまで護衛するためトラック泊地を出発し、29日に駆逐艦早波に引き継ぎ、天霧は31日パラオに到着しました。
 1944年1月9日、天霧は陸軍の大発動艇輸送艦にぎつ丸を護衛してパラオを出港するも米ヘイクの雷撃でにきつ丸は沈没。天霧は他艦と協力して800人救助し、呉に帰投しました。
 天霧は2月下旬まで本格的な修理を行い、3月1日に第19駆逐隊に編入し南西方面への護衛任務に就きました。
 1944年4月20日ダバオへの輸送作戦に参加し、23日にマカッサル海峡を航行中に天霧は触雷。復旧かなわず魚雷を投棄し総員退去後沈没しました。
 戦後の1951年秋、ケネディは下院議員として来日し当時の天霧の花見艦長との面会を希望したのですが日程があわず帰国しましたが、この縁でケネディと花見艦長は文通で交流する仲となり、1951年の上院選と1952年の大統領選では元天霧の乗員達からの激励の色紙が送られてます。また大統領選では元天霧の乗組員が駆けつけたところ現地で大歓迎を受け、特に敵国軍人が恩讐を超えてまで選挙応援に駆けつけた事に対し米国国民が感動したで、接戦となっていた大統領選で、ケネディの勝利に貢献したとのことです。
 就役:1930年11月10日
 戦没:1944年4月23日
 排水量:1,980トン(公試)
 全長:118メートル
 最大速力:38.0ノット
 主兵装:50口径12.7cm連装砲×3基
インフォメーション  ◆大和型戦艦の模型に関しては「ワタ艦同人誌情報」に下記の大和型戦艦模型の情報を掲載してます。オンラインPDF版(サイズ超大)とダウンロード版(ZIP)を置いてますのでご興味があれば覗いてみてください。
 ● 大和型軍艦の模型史考2015~2022(2015年以降の大和型軍艦模型をまとめたもの)
 ※ 現在体調不良の為、更新が伸びていますので、大和型軍艦の模型史の更新はもう少しお待ちください。
 ● 大和型軍艦の模型史考2015 (2015年迄の大和型軍艦模型をまとめたもの)

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