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藤田嗣治画伯の名品、リトグラフ・バラを持つ少女の出品です。
作家名 藤田嗣治
題名 バラを持つ少女
サイン 鉛筆サインあり
技法 リトグラフ(石版画)
制作年 1959年
用紙 和紙
絵サイズ 11x8cm
紙サイズ 18.5x12cm
形態 シートのみ
工房 Draeger Frres Paris(ドレジェ・フレール パリ)
※ 版画(シートのみ)だけの出品です。額は装着いたしません。レターパックプラスで厚紙に版画を挟んで郵送させていただきます。レターパックプラスは対面受取・受領印有で追跡サービス可能です。
【説明】
この版画はフランスのシャンパーニュメゾン G.H.Mumm社(マム社)のために制作したインビテーションカード(同社ロゼ・シャンパーニュのボトルキャップのために描いたバラが描かれている)です。
G.H.マム(G.H.Mumm)は、1827年にフランスのシャンパーニュ地方ランスで創業された、世界的に有名な老舗シャンパーニュ・メゾンです。
赤いリボンが斜めに入ったデザインの「コルドン ルージュ」は、同社の象徴として世界中で愛されています。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)とG.H.マム社は、単なるビジネスパートナーを超えた、非常に深い信頼関係と友情で結ばれていました。
特に当時の社長、**ルネ・ラルー(Ren Lalou)**との関係が重要です。主な接点は以下の3点に集約されます。
1. 「フジタのバラ」のデザイン
1958年、美術愛好家でもあったルネ・ラルーは、親交のあった藤田にマム社のシャンパーニュのためのデザインを依頼しました。
藤田はこれに応え、水彩画で**「バラ」**を描きました。この絵は現在も「マム ロゼ」のボトルのキャップシール(ミュズレ)にあしらわれており、メゾンの象徴のひとつとなっています。
2. ランスでの改宗と洗礼
1959年、藤田はランスの大聖堂でカトリックの洗礼を受け、クリスチャンとなりました。この際、**ルネ・ラルーが藤田の「代父(教父)」**を務めています。精神的な支柱としてもラルーが大きな存在だったことが伺えます。
3. フジタ礼拝堂(平和の聖母礼拝堂)の建設
藤田は晩年、「ランスに礼拝堂を建てたい」という強い願いを持っていました。それを全面的に支援したのがラルーとマム社です。
* **土地の提供:** マム社はランスにある自社の敷地を提供しました。
* **一切のデザイン:** 藤田は礼拝堂の設計から内装、ステンドグラス、そして壁一面のフレスコ画に至るまで、すべてを自ら手がけました。
* **現在の姿:** 1966年に完成したこの礼拝堂は、現在マム社のすぐ隣に位置しており、藤田嗣治本人と君代夫人が眠る墓所ともなっています。
このように藤田にとってマム社(およびルネ・ラルー)は、自らの芸術の集大成である「礼拝堂」を実現させてくれた最大のパトロンであり、信仰を共にする家族のような存在だったと言えます。
この版画を制作した版画工房のDraeger Frres(ドレジェ・フレール)は、20世紀のフランスを代表する伝説的な印刷・版画工房であり、出版社のひとつです。
当時のままの「版画工房(印刷所)」としての形態は1980年代に事実上終了していますが、**「Draeger Paris(ドレジェ・パリ)」**というブランド名で、現在もライフスタイル・ギフト・文具の企業として存続しています。
藤田嗣治はドレジェ・フレール工房と深い縁があり、彼らが制作した豪華なカタログや出版物には藤田の図版が使用された例もあります。
また、ドレジェはG.H.マム社のメニュー表や広告物なども多く手がけていたため、当時のパリの芸術界・社交界において、ドレジェ、マム、そして藤田といったプレイヤーたちは密接なネットワークの中にいました。
かつての「芸術家のための工房」としてのドレジェを懐かしむコレクターの間では、当時の刻印が入った古いカタログや版画は、今も美術品として非常に高く評価されています。
【注意事項】
新品ではございません。美術品の性質をご理解の上、ご入札をお願い致します。気になる点がございましたら質問欄よりご質問くださいませ。あくまで中古品ですので神経質な方のご入札はご遠慮いただき、ノークレーム・ノーリターンでのご入札をお願いいたします。