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| 商品説明 | ■ ASK 1/1000 聯合艦隊シリーズ No.9 長良型軽巡 阿武隈について この日本海軍長良型軽巡 阿武隈は今は無き渥美産業株式会社(以後ASKと略称)のキットです。 ASKは木製模型時代から始まる老舗の模型メーカーで、艦船では1/1000 聯合艦隊シリーズを展開してました。 当時は殆どのメーカーが箱スケール(ようはNONスケール)で、動力模型とするため殆どがフルハルでしたが、ASKは静岡4社によるウォーターラインシリーズ以前に1/1000という統一スケールでウォーターラインキットを展開しており、先見性がある、いや早すぎたメーカーと言えるかもしれません。(あくまでも日本での木製・プラスチックの組み立て式キットとしてと言うことであり、海外では国際統一スケールとして1/1250(1/1200)が採用され、ダイキャスト製ウォーターラインの完成品が現在でも次々と販売されてます) この1/1000聯合艦隊シリーズも最初は木製模型として販売してましたが、1960年より30種類をプラスチックモデル化しました。また大和型戦艦のような超有名艦ではなく、真珠湾攻撃に参加した艦艇を中心に展開しており、艦船へのこだわりを非常に強く感じるメーカーでした。このシリーズは1967年に生産を中止し、その後金型をフジミの兄弟会社の斉藤模型にリースしましたが、1970年にASKが倒産すると金型は行方不明になったようです。 ASK倒産後は、大洲模型が引き継ぎましたが2017年末に廃業したようです。 *出品したキットの特徴 ・定価 100円くらい?(税抜:当時) ・洋上モデル。 ・ピンセット付き。 ・パッケージが劣化してます。 ECサイト上での販売は見つかりませんでした。 ※ 出品理由や趣旨については自己紹介をご参照ください。(必読ではありません) ■ ご注意 ・無塗装、未組み立て品です。塗料、制作工具、接着剤等は別途ご用意ください。 ・パーツはパーツリストと照らし合わせ確認済みですが、見落とし等があるかもしれません。その場合はメーカーにお問い合わせ下さい。 ・パッケージは経年劣化により日焼けやかなりのスレ等の劣化がありますし、一部折れや汚れ、破損が存在しますのでご了承下さい。 ・本出品には上記の可能性もありますので、美品や完品がほしい方は、入札をご遠慮下さい。 ※ 当出品物は売る事を前提として保管してた物では無い為、新品同様の状態のものもありますし、日焼けや変色、スレ等全体的に劣化している状態のものもあり、全てが同一のコンディションではありません。このため商品の状態を判断して出品してますが、当方で新品同様と判断しても、見落としや落札者様の判断基準と異なる可能性もありますので、どのような状態であっても基本的に「傷や汚れあり」に設定し、開始価格も低めの設定にしてます。 特に模型については組んで頂くことを前提としてますので、パーツリストのあるものはパーツを確認し、可能な限り本体部分のパーツが揃っているものを出品してます。(欠品している場合は欠品部分の情報と、リカバリ方法のヒントを記載いたします) このためパッケージの状態を特に重視される方は入札をご遠慮ください。 書籍についても、内容では無く書籍の状態の方を重視される方は入札をご遠慮ください。 ■ 同時に下記商品を出品しています。 [艦艇] ・エッチング及びJ・F・ケネディが座乗した哨戒魚雷艇PT-109付 ヤマシタホビー NVE11 1/700 吹雪型駆逐艦 天霧 ・昭和の頃から凄かったバンダイの軍艦模型 バンダイ 1/2000 ネイビーコレクション No.2 長門型戦艦 長門 ・今は亡きASK(渥美産業株式会社)製 ASK 1/1000 聯合艦隊シリーズ No.9 長良型軽巡 阿武隈 [航空機] ・存在自体ステルスの戦闘機(シュリンク未開封品) イタレリ No.155 1/72 米国戦闘機 F-19 ステルス戦闘機 [サブマリン707] ・サブマリン707 I世+707 1世改の2隻セット ツクダ サブマリン707 Ⅰ世 + サブマリン707 Ⅰ世改 | 入札等に関して | このページの記載を熟読ご確認して頂き、十分理解し、了承した方のみご入札願います。 1.支払い等について 1) 支払い方法は、かんたん決済のみです。 2) これまで落札された方の9割以上の方が落札した翌日の13:00迄に振り込んで頂いてますので、振込みは基本的に落札後24時間以内にお願い致します。コンビニなどの利用等で振込が落札後24時間を越える場合は、落札後24時間以内にいつ頃の振込になるかご連絡ください。落札後24時間以内に振込も無く連絡も頂けない場合は問合わせさせて頂きます。この問合わせから24時間以内に返答等のアクションがない場合は入札を取消させて頂き、次点の方に落札頂くか、または再出品させて頂きます。 また事情をお伝え頂いた場合でも、入金は落札後5日以内にお願い致します。 3) 新規の方及び出品者様より振込の遅延または落札品の受取処理を行わない等、落札後の問題で悪いの評価がついている落札者様及び前回当方の出品で振込遅延または受取処理遅延メッセージを受けた落札者様は、落札した翌日の13:00迄に振込もしくは振込予定のご連絡をお願いします。翌日13:00迄に振込も振込予定連絡もいただけない場合は、当方よりお問い合わせさせていただきます。以上のお問い合わせをさせて頂いても、落札後24時間以内に何らかのアクションがない場合は入札を落札者様都合で取消させて頂き、次点の落札者様(前述と同様の問題がない方)に落札権を譲渡するか再出品とさせて頂きます。(すいません、何度もいたずららしい入札がありましたのでこの対応とさせて頂きます) 2.同梱(おまとめ発送)について 1) 同時期(「■ 同時に下記商品を出品しています。」の項目に記載している出品物)の出品物は同梱可能です。(再出品とは基本的に同梱できません) 3. 発送について 1) 匿名配送及び商品追跡のため、発送はおてがる宅急便(EASY)またはゆうパケットポスト、ゆうパケットプラス、ゆうパケットポストミニを使用します。送料を安く出来ないかとのお問い合わせもありますが、下記の通り定形外の場合匿名配送、商品追跡が出来なくなる為、変更できませんのでご了承下さい。 2) 日本国内のみで海外発送には対応してません。 3) 梱包は雨などの水漏れ防止用にビニール袋に包み、梱包箱等に入れます。ただし梱包箱では発送サイズに収まらない、または100サイズを超える大型サイズの場合は、段ボール用紙、またはクラフト紙で梱包して発送します。 4) 落札者様からのご入金確認後、土日祝祭日を除き通常は24時間以内、遅くとも48時間以内の発送を心がけてますが、事情により遅れる場合がございます。その場合は落札者様へご連絡いたします。 5) お手軽宅急便(EASY)での発送の場合で着日を指定(発送後標準的な輸送期間を過ぎた日を指定する場合)は振込前にご連絡ください。尚、ゆうパケットプラス、ゆうパケットポスト、ゆうパケットミニの場合は期日指定が出来ません。お手数ですが受取れなかった場合は郵便局のウェブより地元の郵便局に連絡して頂き、郵便局または近くのコンビニでの受取りを指定してください。 6) 定形外郵便発送のご質問が何度がございましたが、匿名配送及び商品追跡のため現状定形外郵便を使用する予定はございません。 4.受取処理について 1) 商品到着後2日(到着後48時間)以内に受取り処理を行ってください。匿名配送の為、商品が落札者様へ届いたかどうかは判りますので、到着してから2日(到着後48時間)を越えて受取処理も無く、受取処理が遅延するご連絡もいただけない場合は、こちらから催促の連絡をさせていただきます。尚、それ以前に催促の連絡があるかもしれませんが、それはシステム側が出力した自動送信です、 2) 今まで配送の追跡後、商品を郵便局や営業所止め等にしてあると判断した場合は、その週末に受け取るものと判断し、翌月曜日までは催促致しませんが、出来れば受取予定期日のご連絡をお願い致します。何のアクションもない場合は、翌月曜日に催促の連絡をさせて頂きます。 3) 催促をかけてから24時間以内に何らかのアクションを頂けない場合は、落札者様の評価または前回までの対応に基づき以下のように対処致します。 (1) 受取処理をしないとの評価がある場合、催促から24時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。 (2) 受取処理をしないとの評価が無い場合、催促から48時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。 (3) 当方のこの出品または以前の出品で支払い、受取処理で2回以上の警告を受けた場合ブラックリストに登録致します。 (注)これまでの取引で極一部の方の対応に問題があり、これまでより入札条件が細かくなったり厳しくなり申し訳ございません。上記条件にご納得頂けない(上記期間内にお支払い、や受取処理が出来ない、もしくはお支払いや受取処理の遅れる理由を連絡するつもりのない等)場合は入札をご遠慮ください。 5.評価について 1) 評価は、当方に評価いただいた方のみ対応させて頂きます。 2) 評価不要の方は当方への評価も必要ございません。 6.再出品について(2025/11/30:修正) これまで落札されなかった商品やいたずら入札で落札がキャンセルされた商品の再出品を行ってませんでしたが、準備出来次第以下の要領で行う予定です。 ・即決有り、送料込みでの出品形式の出品となります、掲載期間は未定です。 ・基本的に即決価格はアマゾンや相場を参考に商品の状態を考慮し設定し、開始価格も即決価格の9割程度とします。 ・通常出品との同梱は基本的に出来ません。 7.その他 1) ご質問がある場合は、オークション終了の24時間前迄に行ってください。 2) 送料も含め値引き交渉は致しません。 3) 現品しかございませんので、基本的にノークレーム・ノーリターンでお願い致します。 4) 新規の方や評価が非常に悪い方、また取引に不安を感じる方は、申し訳ございませんが入札を取消させていただく場合がございます。 上記ご確認の上ご検討ください。 |
送付方法 | ゆうパケットポスト |
支払方法 | !かんたん決済(詳細) |
実艦について | ◇クラス解説 ・5,500トン型 日本海軍は八四艦隊計画で3,500トン型軽巡(後の天龍型)6隻と7,200型軽巡3隻を計画しましたが、3,500トン型の天龍では艦形が小さすぎたため、次の八六艦隊計画では計画を見直し、5,500トン型軽巡9隻の建造に改められました。うち1隻は夕張となったため、残り8隻は5,500トン型軽巡として建造される事になりました。 この8隻のうち最初の5隻が球磨型となり、残り3隻が長良型となりましたが、八六艦隊計画で更に3隻の建造が認められ長良型の由良以降3隻が建造されました。1920年の八八艦隊計画で更に8隻の建造が計画されましたがワシントン海軍軍縮条約により川内型3隻のみ建造されました。 この5,500トン型軽巡は駆逐艦峰風型(速力39ノット)と組んだ水雷戦隊の旗艦となるため36ノットの速力が要求されました。(天龍型は33ノット)このため機関出力は戦艦長門の80,000馬力を超える90,000馬力となりました。 これはアメリカのダニエルズ・プランで計画されていたコンステレーション級巡洋戦艦が計画速力33ノットとなってたため、この艦よりも優速であることが必要でした。 艦形はイギリス海軍の後期C級軽巡やD級軽巡を参考とし、直線的な船体で駆逐艦的な要素が適用されてます。 また当時は艦隊決戦志向であったため、砲撃力や雷撃・爆雷兵装等は強固な武装とする為主砲は駆逐艦を超える14cmを7門及び日本軽巡では初めて方位盤射撃指揮装置を搭載、また魚雷発射管は方舷4門計8門搭載、機雷は機雷戦用に壱号機雷を搭載しました。通信や敷設設備等の司令部施設を備え、36ノットの高速性と高い凌波性を備えた艦艇として設計され、竣工しました。 5,500トン型軽巡は、球磨型5隻(球磨,多摩,北上,大井,木曽)、長良型6隻(長良,五十鈴,名取,由良,鬼怒,阿武隈)、川内型3隻(川内,神通,那珂)の3グループ14隻となりました。 最初のグループである球磨型は2番艦多摩が1923年に、5番艦木曽は竣工時より艦橋に航空機格納庫を設置し、艦首に滑走台を置き陸上機の搭載を可能としてましたが、後日撤去されてます。 次の長良型は雷装を53cmより61cmに強化し、木曽と同様の航空設備を装備しました。五十鈴は萱場式艦発促進装置の実験を行った後由良に移設され、更に第3グループの神通に移設されました、その後各艦に呉式二号三型改一カタパルトを5番及び6番主砲の間に設置し、艦橋前の滑走台を廃止しました。 第3グループの川内型は八・八・八艦隊整備後の重油不足を懸念して、石炭燃焼感を長良型の2基から4基に増設した艦です。このため煙突が4本になってます。 5,500トン型軽巡は建造時機雷戦を想定し艦首をスプーン・バウとしてましたが凌波性が悪く機雷戦術を止めたため、関東大震災により再建造された那珂と事故で艦首を損傷した神通と阿武隈の3艦はダブル・カーブバウに変更してます。 1931年から1934年迄は各艦とも近代化改装が行われ、主缶は全て重油燃焼缶となりました。 また大井、北上、木曽を除いてカタパルト1基を艦後部に装備し水偵を1機搭載、後部マストの3脚檣化と水偵用のデリックの設置しました。 更に全艦とも3.5m測距儀装備に伴い艦橋の天蓋の固定化と艦橋前の滑走台の撤去をした後に機銃を設置(13mm4連装または連装2基)し、探照灯を3基とも90cmより110cmに変更しました。 魚雷兵装については阿武隈のみ連装発射管4基を酸素魚雷対応の4連装発射管2基に変更しており、大戦前に那珂と神通も同様に改装されました。また北上と大井は大戦前に酸素魚雷4連装発射管10基を搭載する重雷装艦に改装されてます。 1941年には13mm連装機銃や8cm高角砲搭載艦は25mm連装機銃に交換してます。 太平洋戦争時には全艦旧式化してましたが、代艦の阿賀野型軽巡の建造が遅れたため、旧式ながら第一線で活躍しています。また大戦中期より艦橋トップや前部マストに21号電探を、レイテ沖海戦に参加した艦は後部マストに22号電探を装備し、13号電探を装備した艦もありました。機銃の増設も各艦とも行われました。 長良は1943年に5番、7番主砲を撤去し7番主砲後に12.7cm高角砲1基を他に25mm三連装機銃2基と連装機銃4基を装備してますが、同時期に他の艦も同様の改装を受けた可能性があります。 五十鈴は1944年の損傷時に主砲を全廃し12.7cm連装高角砲を3基搭載した防空巡に改装され、北上は戦争後期に回転搭載艦に改装されました。 5,500トン型軽巡は旧式艦ながら太平洋戦争中は水雷戦隊旗艦や軽巡洋艦部隊、艦隊護衛や攻略作戦、夜間強行輸送、夜襲などにかり出され第一線で活躍しました。このため消耗率も高く終戦時まで生き残った5,500トン型軽巡は北上だけでした。 ・長良型軽巡洋艦 長良型軽巡洋艦は、5,500トン型軽巡の第2グループに属する軽巡洋艦で長良,五十鈴,名取,由良,鬼怒,阿武隈の6艦が建造されました。 長良型は1917年の八四艦隊案で計画された軽巡9隻(5500トン型8隻と夕張)のうち、第一グループの球磨型に続く第2グループとして3隻が建造され、続く八六艦隊計画で3隻が建造されました。 長良型は第一グループの球磨型の改良型で、主要寸法、機関出力、速力、砲熕兵装、機雷搭載数は同一ですが、雷装が53cm連装4基より61cm連装4基に強化されてます。これは戦闘距離の延伸により53cm魚雷の射程では不十分な為置き換わりました。尚搭載位置に変更はありません。 また球磨型では水偵を搭載してましたが射出機の開発が遅れ、水偵を発進する際は艦を停止しデリックで海面に降ろさなけりませんでした。これは軽巡の機動性をそぎ、また水偵の発進は外洋では出来なかった為、木曽の艦橋前に滑走台を設置し滑走台での運用実験を試したところ成功したので、長良型に採用しました。しかし機体の回収は出来ないため、殆ど運用されませんでした。 艦橋前部には艦載機の格納を行なえる収容個を設けた事で艦橋の司令塔を廃止し操舵室を設けるなど艦橋構造は球磨型の三角形に近い平面から矩形に変わりました。 機関は球磨型同様主機が技本式衝動型高圧タービンで低圧タービンが三菱パーソンズ式反動型を搭載してます。 その他球磨型にあった後部艦橋と機雷庫が廃止されてます。 長良型は竣工後魚雷戦用の測的所を新設、艦橋後方部の作戦室と電信室の拡大、煙突への雨水よけの増設、方位測定器のアンテナ変更、留式7.7mm機銃への変更などを行ってます。 近代改装では5番砲と6番砲の間に呉式二号三型射出機を装備し、滑走台を撤去。後部マストには水偵用のデリックが設置されマストは補強のため三角檣となり周囲の短艇甲板も拡張されました。 その後もボイラーを重油専燃化や前部マストの短縮、探照灯の換装、方位測程儀アンテナの換装、対空火器の更新などにより排水量は7,000トン近くまで増加したため速力が32~33ノットに低下しました。 1941年に阿武隈のみ魚雷発射管を61cm連装発射管4基から酸素魚雷も使用できる61cm4連装発射管に更新し、前部魚雷発射管位置はウェルデッキ化し後部魚雷発射管位置に4連装発射管2基を設置しました。 太平洋戦争勃発後、早期に沈没した由良は兵装の変更を行えませんでしたが、阿武隈と長良は1942年~1943年にかけて5番主砲を撤去、阿武隈は魚雷発射管上部シェルター甲板上に2基の3連装25mm機銃を追加装備しています。 その後阿武隈は1943年10月~11月、長良は1944年1~4月の工事で7番主砲と射出機を撤去し主砲の位置に12.7cm連装高角砲を1基、カタパルト位置に25mm3連装機銃を1基配備してます 五十鈴、名取、鬼怒は1943~1944年にかけ5番、7番主砲を撤去し長良や阿武隈同様の対空火器を配備しています。各艦ともそれ以降も対空火器の増設を行ってます。ただし五十鈴は1944年の損傷修理時に主砲を全廃し、代わりに12.7cm連装高角砲を装備した防空巡洋艦になりました。 魚雷は五十鈴が阿武隈と同様61cm連装発射管4基を酸素魚雷対応の61cm4連装発射管2基に換装し、長良は既存の61cm連装発射管を酸素魚雷運用できるよう改造したという話もありました。 長良型は1942年から1944年にかけ艦齢が20年に達するため、第一線の運用から外れ、それを阿賀野型と大淀型で置き換わる予定でしたが、太平洋戦争が勃発し阿賀野型の竣工遅延や大淀型の建造中止などで代艦が無く、太平洋戦争においても第一線で活躍することとなりました。 結果的に長良型は全隻大戦中に戦没してます。 ・長良型軽巡洋艦阿武隈 長良型の6番艦で艤装中に関東大震災があったため他の長良型より建造期間が長くなってます。 1930年10月20日大演習中に軽巡北上と衝突事故を起こし艦首を損傷、修理の際艦首の形状をダブル・カーベチュア型(ダブル・カーブ型)に改めたため長良型の他艦とは艦首の形状が異なります。 1932年2月に第一次上海事変で揚子江警備に従事しました。 1933年に8cm単装高角砲2基を13mm連装機銃2基に換装し、1936年5月にはこの2基を25mm連装機銃2基に換装しています。 1938年、長良型では阿武隈のみ61cm連装魚雷発射管4基を酸素魚雷の運用可能な4連装魚雷発射管2基に更新。設置位置は後部の魚雷発射管の位置で前部はウェルデッキとなりました。この改装計画は長良型と川内型に行われる予定でしたが、阿武隈を最初に行ったのは関東大震災により竣工時期が遅れたため、長良型の中では艦齢が一番若かったため優先して改装されました。 1941年11月には臨時編成された第一水雷戦隊の旗艦となりました。 1941年12月8日の真珠湾攻撃では南雲機動部隊護衛任務のための水雷戦隊旗艦として同行。 1942年1月ビスマルク諸島攻略作戦の支援及びジャワ攻略作戦、インド洋作戦に参加。 1942年5月佐世保にて艦橋前部の13mm四連装機銃1基を13mm連装機銃1基に換装。 1942年5月20日北方部隊に編入されアッツ攻略部隊として西部アリューシャン攻略作戦に参加。アッツ島に到着後6月8日、9日でチチャゴフを占領し、セミチ島の調査を実施しました。その後もアッツ島への輸送や護衛、敵艦隊の索敵などを行いました。 1942年10月末より12月初めにかけ、アッツ島再占領のため阿武隈を含む第一水雷戦隊と多摩、木曽で挺身輸送部隊を編成して複数回輸送や揚陸を行い、12月12日より佐世保で修理及び防寒工事を行った後も引き続きキスカへの輸送や護衛任務に就きました。 1943年4月に魚雷発射管直上付近のシェルター甲板の左舷と右舷に25mm三連装機銃を各1基ずつ追加装備を行い、この重量増加の補償として5番主砲を撤去しました。 1943年3月27日にアッツ島沖海戦が海戦が発生。両軍引き分けるも輸送は失敗し、その後も輸送作戦が困難となり1943年7月にはキスカ島撤退となりました。阿武隈は2度のキスカ島撤退作戦に参加し、1202名を収容し帰還してます。 1943年11月7番主砲を撤去し、12.7cm連装高角砲を搭載してます。 1944年3月には、カタパルトを含む航空兵装を撤去し、カタパルト部分とその後部に25mm三連装機銃を追加装備しました。 1944年7月、22号電探を後檣に装備し。25mm単装機銃および13mm単装機銃を多数搭載しました。 1944年10月、内火艇及びカッターを各2艇ずつ降ろして、25mm単装機銃10基を増備しました。 1944年10月25日スリガオ海峡海戦で米軍魚雷艇の魚雷を艦首第一砲塔の下に受け速力低下。旗艦を駆逐艦霞に移し駆逐艦潮を伴い戦線を離脱しました。夜明けと共に米軍機の攻撃を受けましたが、同じく退避していた重巡最上に攻撃が集中し何とか乗り切り(最上は沈没)、翌26日にダピタンで応急修理後コロンに向け出港するも再度米軍機の攻撃を受け、直撃3発、至近弾4発を受け甲板上の乗員は全滅、艦橋の人員にも死傷者が出て機関が停止し火災が発生しました。必死の応急処置を行うも火災により搭載魚雷が誘爆し艦体に亀裂が入り重油が流出。これにより総員退艦命令が出され艦首側より退避し、その3時間後艦首を立てて沈没しました。 竣工:1925年3月31日 戦没:1944年10月26日 排水量:5,570 トン(常備) 全長:162.15 m 速力:36ノット 主兵装:50口径14センチ単装砲x7基(竣工時) |
インフォメーション | ◆大和型戦艦の模型に関しては「ワタ艦同人誌情報」に下記の大和型戦艦模型の情報を掲載してます。オンラインPDF版(サイズ超大)とダウンロード版(ZIP)を置いてますのでご興味があれば覗いてみてください。 ● 大和型軍艦の模型史考2015~2022(2015年以降の大和型軍艦模型をまとめたもの) ※ 現在体調不良の為、更新が伸びていますので、大和型軍艦の模型史の更新はもう少しお待ちください。 ● 大和型軍艦の模型史考2015 (2015年迄の大和型軍艦模型をまとめたもの) |
| 出价者 | 信用 | 价格 | 时间 |