【織部虫喰茶杓】◆『古田織部(古田重然)作 虫喰茶杓 松尾宗二 極茶筒 不俊斎 仰止斎 極箱』◆検)織田信長 千利休 豊臣秀吉 徳川家康 豊臣秀長 豊臣秀頼 本阿弥光悦 伊達政宗 細川幽斎 細川忠興 小堀遠州 徳川秀忠 千宗旦 足利義昭
■商品説明■
【織部虫喰茶杓】◆『古田織部(古田重然)作 虫喰茶杓 松尾宗二 極茶筒 不俊斎 仰止斎 極箱』◆
【サイズ】
長さ:17cm 径(幅): 0.8cm
※素人採寸につき若干の誤差はご容赦下さい。
【状態】
経年劣化による傷み、小傷、汚れ等御座います。
※詳細につきましては画像にてご確認下さい。
【付属品】
◎松尾宗二 極茶筒
◎不俊斎 仰止斎 極箱
◆古田織部茶杓の特徴◆
古田織部の茶杓は、利休のわび茶とは異なる、自由で大胆な「織部好み」の美意識を反映しているのが主な特徴です。
『織部虫喰茶杓』は、古田織部の美意識が凝縮された非常に個性的な茶杓です。
◎一本樋(いっぽんひ):樋(茶をすくう部分から節にかけて彫られた溝)が一本あります。
◎「虫喰い」などの意匠 (節上に開いた虫喰い穴)。
◎櫂先が長い(茶をすくう部分が比較的長い)。
◆古田 重然(ふるた しげなり、ふるた しげてる)1543~1615◆
戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名、茶人、芸術家。古田 織部(ふるた おりべ)の通称で知られる。南山城・東大和1万石の大名。官位は従五位下・織部助。
豊臣秀吉・徳川家康の茶頭、徳川秀忠の茶の湯指南役。茶道織部流の祖。江戸幕府(柳営)の御茶吟味役。柳営茶道の祖。利休七哲のひとりで、千利休の後継者として茶の湯を大成し、茶器・会席具製作・建築・作庭などにわたって「織部好み」と呼ばれる一大流行をもたらした。また、武将としても大坂夏の陣で徳川方につき武功を挙げたが、豊臣側と内通しているとの疑いをかけられ、自刃した。
◆松尾宗二 (まつおそうじ)1579~1658◆
江戸初期の茶匠。宗旦の弟子。通称甚助。物斎,楽只軒(らくしけん)と号す。松尾家は辻玄哉(つじげんさい)の子五助が,母方の姓をとって松尾と改めたのに始まる。玄哉は天正年間(1573-92)初期まで在世した連歌師で,茶は武野紹(じようおう)の弟子といわれ,利休に台子の古法を授けたほどの茶人で,宗二はこの孫。さらに宗二の曾孫がのちに松尾流茶道を開く1世宗二(1677-1752)。松尾宗二が師の宗旦から贈られた楽只三種,すなわち楽只軒の扁額,銘楽只の一重切花入,同銘の茶入は松尾家の家宝とされている。
◆松尾宗五【不俊斎】まつおそうご(ふしゅんさい)1792~1830◆
松尾流茶道五代目家元、四代目不管斎の妹婿。焼き物や建築、造園、詩歌にも長けており、松尾流の中興の祖と称されています。
◆松尾宗古【仰止斎】まつお そうこ(こうしさい)1820~1856◆
江戸時代後期の茶人。松尾家六代目宗匠。京都出身。尾張・徳川家、東本願寺の茶頭をつとめる。
【その他】
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